2013年11月21日

「時計屋の娘」ーいい演技・いい作品は純粋に評価されるべきでは?

 先週の月曜日の夜、TBS系で「時計屋の娘」という2時間ドラマが放送されていた。
 とある田舎町の時計屋の主人のところに若い娘が母の形見の時計を直して欲しいと現れる。その時計屋の主人の腕はたしかで、修理にかけては日本中で右に出る者がいないと思われるような凄腕。この時計屋の主人を演じるのが渋い俳優の國村隼さん。
 そして、母の形見の時計を直して欲しいとやって来る若い娘役を沢尻エリカさんが演じていた。
 その沢尻エリカさん演じる娘の母親と、時計屋の主人はかつての恋人で、将来を誓い合った仲。
 事情があって二人は別れることになってしまったが、娘が持って来た時計は、その時計屋の主人が以前、かつての恋人だった、娘の母親にプレゼントしたものだった。
 娘は生前、自分の父親は誰かについて全く教えてもらっておらず、その時計屋の主人がひょっとすると自分の本当の父親ではないかという期待を持っていることが次第に分かって来る。

 國村さんの演技も沢尻さんの演技もリアリティがあり、なかなかいいドラマだと私は思った。
 ところが、ネットでこのドラマの感想を見てみると、「沢尻エリカが良い子キャラを演じるとしらける」などと批判的な内容のものが目立った。
 しかし、ドラマは役者さんの私生活を反映させてみるべきものではなく、純粋に、演技がうまいとか、よくできたストーリーかなどを判断すべきではないかと私は思う。
 通常はその劇を演じている役者さんが実際はどんな性格なのかなんてことは分からないものだ。悪役を絵演じている人が、根っからの悪人であるとは限らないし、見ている者にとっては実はそんなことは二の次の問題だと思う。
 今のマスコミが悪いせいか、簡単に有名人は総叩きにあうケースが増えている。沢尻エリカさんがかつて、記者会見で「別に」と居直ったことと、演技の云々は別の次元のことと思う。
 なでいいものはいい、悪いものは悪いとドラマを客観的に評価して上げられないのかなと思う。

 なお、断っておくが、こんなことを書いているのは、私が個人的に沢尻エリカさんのファンだからとかいうものではない。好きか嫌いかと言われればむしろ嫌いなキャラだと言えるが、それと演技を評価するのは違う次元の話なのだ。
 
posted by ミムさん at 22:28| 岡山 ☀| Comment(0) | エッセイ | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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